火返し(ピーゲーシ)生年会行事


茅葺き屋根の多い昔からの遺風で、火災予防思想を高め、火の邪魂を追い払う御願行事である。

起源は定かでないが、シマでは師走の月は火災が発生し易いとの習わしから十二月中に行われていた。

日程は二十二才以下の青年が吟味して決めると、午後九時頃に拍子木(ヒョウシギ)を打ちながら集落内を一巡し「カマヌメーカキホーキ、シミソーチ、タグニミズカザティ、ヒーマチュタシクシンソーレー、アッチャレレー」と火の用心をふれまわる。

家々では、夜まわりの拍子木の音が聞こえると、門口に水桶を備える慣わしがあった。

その後、人の寝静まった午前十二時頃、神役に仕えるサンナンモーと青年が神アサギに集まり、御願儀礼を行う。

 

辺野古 火返し行事の様子
青年達が拍子木を打ちながら火災予防をよびかける

 

アサギの四隅から茅を抜き取り庭の西角に立て、火をつけて御願する。祈詞の詳細は定かでないが、サンナンモーが北方のクムイ(溜池)から汲んで来た水で燃える茅に三回かけて火を消す。

消し終わると同時に青年は三方に分かれ、集落内を「ホーハイ!ホーハイ!」と呪言を叫びながらドラや太鼓を打ち鳴らし、東の方向(海へ)突っ走る。

叫びながら走る青年は、火の霊ともいわれ、住民も自家の前を通るとあらかじめ準備した水をかけ、家内の厄払いをして祈願する。

一方、青年達は字内の火の邪魂を追い払うに東の海辺までかけぬけ、そこでは海に向かい合掌して儀式が終わる。

また、この火返しが始まると、夜、女の人は絶対に外出してはいけないとの習わしもある。その意は、女は火魂と考えられ、歩いていて青年達が遭遇すると突き飛ばしてよいといわれ、期間中「ホーハイ!」と口に出す事さえ禁忌とされていた。

この火返し行事の奇習も巳年旧十二月十三日(大正七年一月二十五日)、集落で大火災が発生、二十軒余が焼失する被害にあった事から、その翌年より十三日を中日に十二・十四日と三日間、火の悪霊払い行事が続けられるように慣例化した。

そして、シマでは必ず火災が起こると、その翌日には青年団によって火返しを行い、防火思想を高めるようになった。

(邊野古誌より抜粋)

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