辺野古について

■辺野古の位置と自然

辺野古は県都那覇より北へ67キロ、名護市街地から南東へ12キロの沖縄本島東海岸に位置する総面積10.83平方キロメートルの集落です。

東方は天然の良港として名高い大浦湾をいだく海岸段丘の長崎が突出し、地先には長島と平島の無人島が浮かびます。周辺にはサンゴ礁の発達したリーフ群(干瀬)が形成され、干潮時は干潟が露出し、潮干狩りが楽しめます。


集落北西には辺野古岳(332m)・久志岳(335mm)・石岳(236m)の連山がそびえ、辺野古岳山麓の群生林は古来の人々の重要な生活源となっていた一方、麓に広がる谷間を流域に前田川(辺野古川)・福地川本流の源となっています。


集落西北の旧河川跡の湾入部の湿地帯はマングローブ群生林が繁茂し、種々の野鳥や魚貝類が生息し、時節に住民の身近な漁場になっていました。

辺野古 平島(ひらしま)
平島(ひらしま)
辺野古岳(へのこだけ) 久志岳(くしだけ)
久志岳(左)辺野古岳(右)
辺野古集落
辺野古集落(写真奥側)


■辺野古の人口動態

人口にみる辺野古は、昭和22年を起点に同30年には減少したものの、同32年まではほぼ600人台と推移し、世帯構成員数も平均4.6人となっていました。同34年、基地建設が本格化すると建設労働者や飲食業者の流入によって、一気に94.6%(674人増)の増加率となり、同35年の戸数も318戸、世帯構成員数も平均4.4人となりました。

 

辺野古の人口動態は基地建設を境に大きく変動していますが、その後人口誘致や米軍移駐によって増加傾向にあり同36年には37.2%(516人増)の伸び率に対し、戸数はわずかに減少しています。同37年以降、ベトナム戦争の激化に伴いキャンプシュワブが海兵隊員の中継基地になると、風俗営業関係従業員も増え、同43年までは2000人台で増減を繰り返しながら推移しています。

 

人口が最も多い同39年の2135人に対し戸数は309戸と減少していますが、世帯構成員数は平均6.9人と高く、同35年に対比すると2.5人も増加しています。

その理由は当時、急増したと思われるサービス業従業員が経営者と同世帯で住民登録したのが原因として考察できます。

 

一方、辺野古の人口は基地の町としての特殊事情ともからみ、未登録者も多い流動人口で、住民台帳と実際に居住する人口とも異なり、ベトナム景気と呼ばれた昭和30年代後期以降の最盛期には2900〜3000人余りに膨れ上がっていたともいわれています。

 

ところが、ベトナム戦争の情勢悪化も相まって同44年人口も、1705人、戸数348戸と減少し、基地経済基盤の低下を象徴するかのように見えましたが、町村合併(同45年)後は微増し同46年以降1900人台に回復しました。しかし最も戸数の多い同48年の世帯構成員数をみると、593戸に対し、平均3.1人と減り、基地経済の衰退と共に減少傾向がみられ、核家族化の社会風潮の中で人口共に推移しています。

 

現在の人口は1869人(平成27年4月現在)となっています。


■辺野古の行事・催し物

辺野古には数多くの年中行事があり、そのほとんどを青年会が支えています。

主な行事は以下のとおりです。

4月:区民大会・清明

5月:ハーレー大会(アブシバレー)・角力大会

6月:班対抗ゴルフ大会

7月:親子ソフトボール大会・6月ウマチー

8月:大綱引・村踊ぃ(それぞれ三年に一度)・綱引例式・旧盆エイサー

9月:班対抗ボーリング大会・敬老会

11月:区民運動会・学事奨励会

12月:キリシタン・年忘れダンスパーティー

1月:新春走り初め大会・生年合同祝い

2月:カーメー・火返し

その他にも、青年会・商工会・婦人会・老人会・キャンプシュワブそれぞれが主催する催し物が数多くあります。

辺野古大綱引の様子
大綱引(8月)
辺野古ハーレー大会
ハーレー大会(5月)
辺野古 6月ウマチー
6月ウマチー(7月)


■アップルタウンの由来

辺野古 アップルタウンの由来

辺野古社交街は昔から別名「アップルタウン」と呼ばれています。
1957年、辺野古区は将来的展望に立ち地域開発を進めるため、都市計画委員会を設置して当時の集落後方の丘陵地(現在の辺野古集落)における宅地開発事業を開始しました。
この事業は、辺野古区民の知恵と団結、そして米軍、特に民政府土地課長アップル中佐が造成事業に理解を示し、重機等の貸付におしみなく協力してくれたことにより実現しました。その功績をたたえ「アップルタウン」と称号する事となり、1957年9月16日琉球政府主席室において区長以下有志出席の下に、第一期区画整理地を「アップル町」とする命名伝達式が行われました。


■辺野古出身の有名人

・黒木メイサ(女優)

・比嘉公也(沖縄尚学で選手・監督として甲子園全国制覇)

・辺野古のブルーマン1号、2号、3号(詳細不明)


■辺野古で撮影された映画

友よ、静かに瞑れ
友よ、静かに瞑れ (1985年)
BEAT
BEAT (1998年)
ホテルハイビスカス
ホテルハイビスカス (2002年)