辺野古社交街再活性化プロジェクトについて

辺野古アップルタウンブルースで社交街を再活性化プロジェクト

すっかり活気を失ってしまった社交街

1960〜1970年代、辺野古社交街はベトナム戦争の激化に伴い、キャンプシュワブが海兵隊の中継基地となり、アメリカ兵で溢れかえっていました。200店舗近い飲食店が軒を連ね、毎夜ドル紙幣が飛び交い、500〜800ドルで家が建てられると言われた当時、一晩でその額を稼いでいた店もあったそうです。しかしベトナム戦争が終結に向かう中で本国に帰っていく米兵が多くなり、次第に社交街は寂れていきます。現在では10数店舗が当時から残る建物でひっそりと営業を続けるまでに減少してしまいました。

1967年頃の辺野古社交街
1967年頃の辺野古社交街

歌で街をPR

そんな社交街を歌で活気を取り戻そうと、辺野古出身のオヤジバンド"「辺野古軽音楽倶楽部」が制作した「辺野古アップルタウンブルース」という曲があります。曲中には辺野古社交街に実在する店舗名が数多く出てきます。その多くが「ワシントン」や「テキサス」「ハワイ」といったアメリカの地名であることから、「辺野古に来たらアメリカが見渡せる」気分になるノリの良い曲です。

辺野古軽音楽倶楽部
辺野古軽音楽倶楽部

クラウドファンディングで資金を調達!

「辺野古アップルタウンブルース」は毎月辺野古の飲食店で開催される「出前ライブ」でしか聞くことができないため、広くPRすることができません。そこで、「辺野古を盛り上げたい、発展させたい」という気持ちを実現するため、辺野古軽音楽倶楽部のメンバーと我々HENOKO JOHOは、クラウドファンディングと呼ばれる方法で資金造成を行い、CDとプロモーションビデオを制作することにしました。

クラウドファンディングはインターネット上でそれぞれが達成したいプロジェクトを公開し、共感していただいた支援者からお金を集めるというものです。最大の利点は全国、全世界の人たちにプロジェクトを知ってもらえること。

2015年10月にプロジェクトを公開し、40日間の募集期間で45万円を集めることを目標にスタートしました。その結果、辺野古内外の多くの人たちが呼びかけに協力してくださり、50人以上の支援者から55万円の資金を支援していただくことができました。

辺野古アップルタウンブルース 2015年11月18日、資金造成目標額達成!
2015年11月18日、資金造成目標額達成!

区民みんなでプロモーションビデオ制作!

辺野古アップルタウンブルース制作・編集作業の様子

2月19日〜21日の間、プロモーションビデオ撮影が行われました

音楽の街「辺野古」復活へ!

社交街最盛期当時、辺野古には多くのロックバンドが営業に来ていたそうで、かっちゃん率いる「コンディション・グリーン」が鶏を殺す過激なパフォーマンスを始めたのもこの地だと言われています。

今回のプロジェクトを通して、もう一度「音楽の街・辺野古」を復活させようという雰囲気が高まってきたことがとても大きな収穫です。皆さまもぜひこのプロジェクトに注目していただき、辺野古の移り変わりを音楽と共に楽しんでいただければ嬉しいです。

辺野古アップルタウンブルースPV公開!