辺野古大綱引2015ポスター

辺野古大綱引の歴史

昔の辺野古大綱引の様子
現在の辺野古大綱引の様子


稲の収穫と次年の豊穣を祈願して行われる豊年祭で、方言で「ツナピケー」と呼称する。

綱引の歴史は定かではないが、シマでは古くから伝統行事として行われ、家々ではカシキー(強飯)を炊き御願儀礼も行われる。


戦前、行事の経費を捻出するにあたっては、字が特別に伐採区域を指定し青年団が搬出する林産物を売却して充てた。

大綱に使用する藁は各戸割当をして供出させ、化粧用や手綱に用いる小綱は、青年一人に「三キタ」(一キタ三十米)と賛助員や老人家庭でも酒代の代わりに「チュキタ」づつない全住民が行事に協力し、「テー」といわれる松明用竹材も青年達によって準備された。



昔の綱打ちの様子
現在の綱打ちの様子

本綱打ちは、8/29(土) 午前9時から

 綱作りを「綱打ち」と称し、各戸から全稼働者が参加してウドイミヤーの広場で行われた。戦前の大綱は小綱だけを使用して作られていたが、近年では藁打ちをして六本を合わせて小綱で化粧する。

綱打ち用具にはイタジィーで工作された「ヤーマ」と称するものと、回すハンドルを「ティー」といい昔は潤滑油の代わりに、ゆうなの花が使用された。ツナピケーは下部集落中央通りで行われ、バンク(ヤグラ)や綱引き組の象徴である「チヂンドゥール」が立ち、ヘーシ係(ハヤシ)のボラや太鼓、鐘などの鳴物で祭は始まる。

 

辺野古大綱引のヘーシ(囃子)の様子
辺野古大綱引のシタク(支度)の様子

 

綱引きの前哨戦では先ず「子供ガーエー」があり、ハヤシ係の鳴物に合わせ、「ホーイヤ!ホーイヤ!」と掛け声勇ましく背中合わせで互いに押し合い士気を高める。その後「青年ガーエー」と続き婦人も参加して盛り上げる。その次に青年達が松明をもって勇壮な「テービーガーエー」が行われ、その周辺では婦

人達がカチャーシーを踊り、ガーエーの中で士気を高める歌も次の歌詞の通りうたわれる。


辺野古大綱引のテービーガーエーの様子

 

「サーヒヌクセイネン   ヒヌクセイネン=辺野古青年

  ヨィシーヨィシー

   サーァイキイヌウムサャ  イキイ=勢い

    ハイルレーハーラ

     イキイヌウムサャ...」

 

      と出だしの歌詞を変え何度か繰り返して歌う。

辺野古青年会エイサーの様子

 綱引きは時代によって異なるが二〜三回引く事もあり最後に「スニンビキ」が行われる。古老によると昔は綱引きの勝ち負けで来季の豊穣を占ったともいわれ、綱引きが終わると綱で円をかき角力大会が行われ興奮冷めやまぬ人達も望み角力に興じていた

戦後、稲作の盛んな頃までは昔ながらの綱打ちで行事も行われ、水田が消滅した後でもロープを使用して継承されてきた。その後昭和五十四年からは他字より藁を購入して隔年ごとに行うようになった。

(邊野古誌より抜粋)

辺野古大綱引実行委員会
辺野古大綱引の花火の様子

祭りの最後を締めくくる大きな花火。頭上に上がっているかのような距離感に圧倒される。

辺野古大綱引終了後、綱を持ち帰る人たちの様子

用を終えた綱の一部は、区民や来客者によって持ち帰られ、無病息災として軒先に飾られる。

 

辺野古交番前で行われていた頃の辺野古大綱引の様子
辺野古交番前で行われていた頃の辺野古大綱引の様子

2003年の様子。この年までは、辺野古交番前で行われていた。



ここに注目!! 辺野古大綱引2015 

 

- 大綱引の楽しみは多いけど、やっぱり青年会エイサーが盛り上がる。

あの太鼓の音聞くと興奮するさぁねぇ!! -

(辺野古在住 30代男性)


- やっぱりワン(俺)はティービ(松明)だな!

みんなで輪の中に入って火の粉を浴びれば無病息災の御利益があるよー

熱いけどね -

(辺野古在住 40代男性)

後編は大綱引本番の様子を、写真と映像でお伝えいたします。